2011年09月11日

鉢呂経産相が辞任「死の町」発言で引責

鉢呂経産相が辞任「死の町」発言で引責

鉢呂吉雄経済産業相は10日夜、東京電力福島第1原発事故の現場周辺を「死の町」と表現し「放射能をうつしてやる」などと記者に発言した責任を取り、野田佳彦首相に辞表を提出、受理された。野田内閣は発足後わずか9日目で主要閣僚が辞任する事態となり、政権は大きな打撃を受けた。

政府は10日夜の持ち回り閣議で、経産相の臨時代理に11日付で藤村修官房長官を充てることを決めた。ただ、臨時国会召集までには専任の経産相を置くべきだとの声もあり、直嶋正行元経産相や小沢鋭仁元環境相らの起用が取り沙汰されている。

 鉢呂氏は、東京電力福島第1原発事故を受けたエネルギー政策の見直しを所管していた。野田政権は原発事故への対応を最優先課題と位置付けており、停止中の原発再稼働をめぐる政府の判断や、地元自治体との今後の調整にも影響を与えそうだ。

 鉢呂氏は10日午後7時から、都内の衆院議員宿舎で首相と会談し、辞表を提出した。その後、経産省で記者会見し「一連の発言で国民とりわけ福島県民の皆さんに、多大な不信の念を抱かせ、心からおわび申し上げたい」と謝罪した。

 これに先立つ10日昼過ぎ、鉢呂氏は都内で記者団に対し「全力を挙げて事故の早期収束に向けて頑張りたい」と述べ、続投に意欲を示していた。

 しかし、民主党の前原誠司政調会長は都内で記者団に「大変ゆゆしき問題だ」と指摘。閣僚経験者も「緊張感が足りない。野田内閣が問われる」と述べるなど、党内からも早期辞任を求める声が上がっていた。

 鉢呂氏は8日に第1原発の周辺を首相とともに視察。8日夜に帰京した際、都内の議員宿舎で記者団と懇談中、防災服の袖をすりつけるしぐさをし「放射能をうつしてやる」などと発言。9日の記者会見では、地元の自治体の状況について「まさに死の町という形だった」と述べていた。

 鉢呂氏の在任期間はわずか9日間で、民主党政権下での任期途中での閣僚辞任は7人目。

「死の町」発言、怒り通り越した悲しさ

東京電力福島第1原発の周辺住民らの心の傷に塩を塗った。野田内閣発足間もない鉢呂吉雄経済産業相の「死の町」発言。本人は前日の8日、首相に同行し現地に足を運んだばかり。視察後には報道陣相手に「放射能をうつしてやる」といった言動も発覚。避難住民に怒りを通り越した悲しみだけが残った。

 「そんな発言は信じたくない」。埼玉県加須市で避難生活を送る福島県双葉町の農業林一栄さん(74)は、第1原発のすぐそばで長年ホウレンソウを栽培してきた。

 「豊かな自然の恵みがこれまでの私の生活を支えてくれた。軽はずみな発言をせず、政府は復興に向けた努力をしてほしい」

 双葉町から猪苗代町に避難した天野正篤さん(73)は「放射線量の高さから、現実的に戻るのは難しいと覚悟している。『死の町』と言うなら何年後まで戻れないのか」といら立ちを見せた。




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「ほら、放射能」厳しい状況共有のため…鉢呂氏、

「ほら、放射能」厳しい状況共有のため…鉢呂氏読売新聞 9月10日(土)21時35分配信

辞任会見する鉢呂経産相(10日午後9時25分、経産省で)

 東京電力福島第一原子力発電所周辺自治体を視察後の不適切な言動の責任をとって辞任した鉢呂経済産業相は10日夜、経産省で緊急記者会見を行い、「私の一連の発言で国民の皆様、とりわけ福島県民の皆様に多大な不信の念を抱かせ、心からおわびしたい」と謝罪した。

 鉢呂経産相は、視察から帰京した8日夜、防災服の袖を取材記者にこすりつけるしぐさをし、「ほら、放射能」と発言したことについて、「(被曝の)大変厳しい状況を共有していただくためだった」と釈明した。

鉢呂氏会見詳報(1)「国民、福島県民に不信の念抱かせた」(10日夜)産経新聞 9月11日(日)1時54分配信

 鉢呂吉雄経済産業相が10日夜、経産省で開いた辞任会見の詳報は以下の通り。


 「遅い時間にお集まりいただき、大変ありがとうございます。本日、野田佳彦首相に会い、『経産相を辞任したい』という申し出をし、首相から受理していただいたところだ。私の一連の発言で、国民の皆さん、とりわけ福島県民の皆様に多大の不信の念を抱かせ、大変心からおわび申し上げる。大変どうもすみませんでした」

 「また福島県民の皆さんや東日本大震災の(被災者の)皆さんに少しでも今後貢献できるよう、これからもひたすら頑張って参りたいと考えているところだ。大変短い期間だったが、経済産業省の皆さんの力もいただいて過ごしたことに心から御礼申し上げ、退任のごあいさつとさせていただく。本当にありがとうございました。以上だ」


 −−いつどこで首相に辞表を提出したのか

 「今日、首相も被災地に出張し、私も第3次補正予算の関連で円高、空洞化に今後の方向性をつけるということで、企業の訪問をしたところだ。午後7時から(東京都内の)赤坂議員宿舎でお会いし、辞任を申し出たところだ。以上だ」


 −−首相からはどういう発言があったか

 「首相からは、これを受理していただいたということだ」


 −−首相が言ったことは何か

 「特に申し上げることはない」


 −−首相から声をかけられたことは何か

 「受理していただいたということだ」


 −−何分くらい会ったのか

 「時間はわからないが、数十分だったと思う」


 −−改めて、辞めた一番の理由は

 「昨日、今日にかけて、福島県に視察に行った際での記者会見等での発言、一連の発言について国民の皆さん、福島県民の皆さんに大きな不信の念を抱かせた。このことに尽きるかと思う」


 −−午後の視察の際は辞任という発言はなかったが、決断はいつしたのか

 「首相に経過を話し、その際、決断させていただいたということだ」


 −−一連の発言というが、具体的に何の発言について反省し、辞めるのか。具体的に説明してもらわないとなぜ辞めるのか分からない

 「一つは、昨日の記者会見において『死の町』という表現をしたことについてだ。このことについては、午後の記者会見で、撤回をして陳謝、おわびしたところだ。また、視察後の非公式の記者の皆さんとの懇談。まあ、立った場での懇談だったわけだが、一連の大半は視察の中身について真面目で真剣な報告をしたと思うが、不信を抱かせるような言動があったという風にとらえられたわけだ。この2つだ」


 −−具体的にどう言ったのか。国務大臣を辞めるんですよ。理由くらいきちんと説明しなさい

 「私も、非公式の記者の皆さんとの懇談ということで、その1つ1つに定かな記憶というものがないので…」


 −−定かな記憶がないことで辞めるのか。定かだから辞めるのだろう。、最後くらいきちんと説明しなさい

 「そういう風に私は…。国民の皆さん、福島県民の皆さんに不信の念を抱かせたと考えておるところだ」


 −−何を言って不信の念を抱かせたか説明しろって言ってんだよ

 「だから、今お話した通りだ」


 −−何を言ったからだ

 「大変すいません。私なりに精いっぱい話しているつもりで、ご理解をいただきたいと思う」


 −−改めて、なかなか理解しがたいが、会見、前夜の言動、被災地の痛みを目の当たりにした者の言動として、なぜそういう発言をしたのか。そのあたりの心境をもう一度、説明を。今回の入閣については北海道民からも強い期待を受けていたが、どんな心境か

 「原子力発電所事故の形については私も福島に2回ほど入り、子供の健康、特に学校などの除染問題で、(当時の)菅直人首相にも意見具申したり、それなりの議員個人の立場だったが、やっていたと思っている。そういう中で、私は現地の事故の作業員の皆さんの働く姿、あるいはまた、その周辺の、昨日まで活発にさまざまな生活、経済活動をしている地域が、一晩のうちに避難という形になったこの町を、言葉は非常に、県民の皆さんに逆なでするような言葉だったと思っているが、私の率直な見た形を表現をさせていただいた。」

 「決してそのことで何か、県民の皆さんを逆なでするというような意図はなかったと思っているが、適切な言葉ではなかった。自分として、福島の原子力発電所の事故について、また地元(北海道)に原子力発電所があるから、相当大きな政治的な形(決意)をもって臨んできただけに、不用意な発言について真剣に考えさせていただき、このような決断をした。このように受け止めていただければと思う」

 「地元の期待については、本当に、痛くなるような形で受け止めておったわけで、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の問題とか、今の円高、産業空洞化の問題、また、原子力の再稼働で地元の県民や住民の皆さんの理解を得るという大変重い責任を持つ大臣としての活動に対して率直に言って期待があったと思っているので、きちんと貫き通して解決しえなかったのは大変無念な思いだ。そういうことだ」


 −−今の説明ではどうして辞任するのかよく分からない。何に対して反省をして、どうして辞めるのか

 「私は自分の率直な思いを言っているつもりで、国民に判断をしていただきたい。一番大きいのは福島県民の皆さんの思いに応えるどころか、大きな不信という形だったと自分なりに思っているし、そのことは自分としては本当のこれまでかかわってきただけに、強い思いがあったことに対して、そういう一連の発言に対する裏切りというものとして私として受け止めさせていただいた」

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posted by 夢見るまま at 06:07 | Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

死者不明者1万9800人=避難所に依然6800人―11日で半年・東日本大震災

死者不明者1万9800人=避難所に依然6800人―11日で半年・東日本大震災時事通信 9月10日(土)18時42分配信

 東日本大震災は、巨大地震の発生から11日で半年を迎える。警察庁によると、10日現在で死者・行方不明者は1万9867人。このほか、不明のまま死亡届が受理され、死者・不明者に含まれない人もいる。避難生活者は47都道府県で約8万2000人。学校や公民館などの避難所には依然、約6800人が生活を続けている。
 警察庁によると、死者は12都道県で1万5781人、行方不明者は6県で4086人。死者数は発見、収容された遺体の数で、行方不明のまま死亡届が出された場合は死者数に含まれないが、行方不明者から除かれる。
 不明のまま自治体に死亡届が受理されたのは、岩手、宮城、福島の被災3県で3250人。DNA型鑑定などにより1日当たり数人の身元確認も進み、不明者数の減少が続いており、死者との合計は今月に入り2万人を下回った。
 内閣府のまとめ(8月25日現在)では、全国の避難者のうち、避難所には宮城県を中心に約6800人が暮らしているほか、旅館やホテルで避難生活を送る被災者も約1万800人いる。
 国土交通省などによると、仮設住宅は今月5日現在で、必要戸数の94%に当たる4万9124戸が完成した。入居率は84%。岩手県は全戸が完成し、宮城県も今月中に全戸の建設が達成する見込み。福島県は必要戸数の85%が完成したが、緊急時避難準備区域内での建設予定もあり、一部は未着工だ。
 がれきの撤去には時間がかかっている。環境省の6日のまとめでは、岩手、宮城、福島の3県での推計量約2300万トンのうち、仮置き場への撤去が終わったのは54%。他の自治体での広域処理が進まず、放射性物質に汚染されたがれきの処理方法や保管場所も決まらないなど、多くの問題が残っている。 

posted by 夢見るまま at 06:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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