2013年07月26日

<社民党>福島党首の後任選び難航必至

<社民党>福島党首の後任選び難航必至毎日新聞 7月25日(木)22時10分配信

社民党常任幹事会に臨む福島瑞穂党首

 社民党福島瑞穂党首が25日に引責辞任したのは、党勢衰退に歯止めをかけるために体制を刷新せざるを得ないという点で、福島氏自身も含めて党内が一致したためだ。しかし長年、党の看板を務めた福島氏の後任選びは難航必至で、党は存亡の機に直面している。

 福島氏は25日の記者会見で「労働組合などの固定票に代わる新たな人とのネットワークや新陳代謝がなかなかうまくいっていない」と厳しい状況を認めた。しかし、知名度抜群の福島氏に代わる人材は党内には見当たらない。当面は又市征治幹事長を党首代行とする異例の対応を強いられた。

 福島氏は「脱原発など社民党の活動はかけがえのないものであり続けている」と強調。脱原発を掲げて参院東京選挙区で当選した無所属の山本太郎氏に統一会派結成を呼び掛けたことも明らかにした。

 だが、参院選では同じ脱原発や護憲などを掲げる共産党に自民党への批判票が集まった。菅義偉官房長官は25日の記者会見で「かつては自民党に対する一大勢力で日米安保に反対だったが、その旗を降ろすなかで国民の理解が得られなくなった」と指摘し、過去の政策のブレが党勢衰退の根本的な原因だと指摘した。【光田宗義】

.福島党首が辞任表明=参院選敗北で引責―社民


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2013年07月22日

参院選の全議席数確定 自民65、公明11、民主17

参院選の全議席数確定 自民65、公明11、民主17朝日新聞デジタル 7月22日(月)2時36分配信

 参院選の全議席が確定した。自民65、民主17、公明11、みんな8、維新8、共産8、社民1、諸派1、無所属2。生活、みどり、大地はいずれも議席を獲得できなかった。
.朝日新聞社

民主、薄まる存在感 細野氏は幹事長辞任へ朝日新聞デジタル 7月22日(月)7時6分配信

 民主党は改選44議席が17議席に激減し、過去最低の26議席を大きく下回った。民主党の議席を押し上げてきた比例区では公明党と並ぶ7議席。存在感の低下は避けられない。

 選挙戦の終盤、報道各社の情勢調査で劣勢が伝えられると民主党幹部は責任論の回避に動いた。海江田氏の周辺は勝敗ラインを示さないよう進言。党中堅が海江田氏に「絶対に辞めると言ってはいけない」とメールを送ると、「そのつもりだ」と返信されたという。

 海江田氏は21日夜、テレビ各社の番組で続投を表明し、「地方組織の立て直しをやる」と党再建に意欲を示した。岡田克也元副総理は21日夜、海江田氏に電話で「一緒に頑張ろう」と支持する考えを伝えた。

 一方、細野幹事長は辞任の意向を固め、21日夜のNHKの番組で「代表と話をして方向性を出したい」と語った。海江田氏は周辺に「慰留は難しい」と漏らしており、幹事長を交代させる方向だ。
.朝日新聞社

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2013年07月04日

アベノミクスの是非問う=433人届け出―参院選公示、21日投開票【13参院選】

アベノミクスの是非問う=433人届け出―参院選公示、21日投開票【13参院選】時事通信 7月4日(木)8時33分配信

 第23回参院選が4日公示され、21日の投開票に向け、17日間の選挙戦が始まった。昨年12月の第2次安倍内閣発足後、初の全国規模の国政選挙で、安倍晋三首相が推し進める経済政策「アベノミクス」の是非に加え、憲法改正や原発再稼働への取り組みが問われる。自民、公明両党が非改選と合わせ、過半数の122議席以上を確保し、衆参両院で多数派が異なる「ねじれ」が解消するかどうかが最大の焦点。選挙期間中のインターネットの活用が初めて解禁され、各党・候補者の選挙運動も多様化する。
 午後1時半現在、選挙区に271人、比例代表に162人の計433人が立候補を届け出た。
 立候補の受け付けは午前8時半から、選挙区は各都道府県の選挙管理委員会で、比例は中央選挙管理会で始まった。午後5時に締め切られる。改選数は選挙区73、比例48の計121。主戦場となる改選数1の「1人区」は前回2010年より2増えて31選挙区となった。候補者数は前回(437人)を下回っている。比例は、前回と同じ12政党・政治団体が届け出た。
 自民党は今回、公明党と合わせて63議席を確保すれば、与党で過半数に達する。自民党の非改選は50議席で、72議席以上を得れば単独過半数を握る。自民党と改憲に前向きなみんなの党や日本維新の会などを合わせ、改憲発議に必要な3分の2(162議席)に届くかもポイントだ。野党側は59議席を獲得して与党の過半数獲得を阻み、参院での法案審議で引き続き主導権を握りたい考えだ。 
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アベノミクスの是非問う=433人届け出―参院選公示、21日投開票【13参院選】

アベノミクスの是非問う=433人届け出―参院選公示、21日投開票【13参院選】時事通信 7月4日(木)8時33分配信

 第23回参院選が4日公示され、21日の投開票に向け、17日間の選挙戦が始まった。昨年12月の第2次安倍内閣発足後、初の全国規模の国政選挙で、安倍晋三首相が推し進める経済政策「アベノミクス」の是非に加え、憲法改正や原発再稼働への取り組みが問われる。自民、公明両党が非改選と合わせ、過半数の122議席以上を確保し、衆参両院で多数派が異なる「ねじれ」が解消するかどうかが最大の焦点。選挙期間中のインターネットの活用が初めて解禁され、各党・候補者の選挙運動も多様化する。
 午後1時半現在、選挙区に271人、比例代表に162人の計433人が立候補を届け出た。
 立候補の受け付けは午前8時半から、選挙区は各都道府県の選挙管理委員会で、比例は中央選挙管理会で始まった。午後5時に締め切られる。改選数は選挙区73、比例48の計121。主戦場となる改選数1の「1人区」は前回2010年より2増えて31選挙区となった。候補者数は前回(437人)を下回っている。比例は、前回と同じ12政党・政治団体が届け出た。
 自民党は今回、公明党と合わせて63議席を確保すれば、与党で過半数に達する。自民党の非改選は50議席で、72議席以上を得れば単独過半数を握る。自民党と改憲に前向きなみんなの党や日本維新の会などを合わせ、改憲発議に必要な3分の2(162議席)に届くかもポイントだ。野党側は59議席を獲得して与党の過半数獲得を阻み、参院での法案審議で引き続き主導権を握りたい考えだ。 
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2011年09月11日

鉢呂経産相が辞任「死の町」発言で引責

鉢呂経産相が辞任「死の町」発言で引責

鉢呂吉雄経済産業相は10日夜、東京電力福島第1原発事故の現場周辺を「死の町」と表現し「放射能をうつしてやる」などと記者に発言した責任を取り、野田佳彦首相に辞表を提出、受理された。野田内閣は発足後わずか9日目で主要閣僚が辞任する事態となり、政権は大きな打撃を受けた。

政府は10日夜の持ち回り閣議で、経産相の臨時代理に11日付で藤村修官房長官を充てることを決めた。ただ、臨時国会召集までには専任の経産相を置くべきだとの声もあり、直嶋正行元経産相や小沢鋭仁元環境相らの起用が取り沙汰されている。

 鉢呂氏は、東京電力福島第1原発事故を受けたエネルギー政策の見直しを所管していた。野田政権は原発事故への対応を最優先課題と位置付けており、停止中の原発再稼働をめぐる政府の判断や、地元自治体との今後の調整にも影響を与えそうだ。

 鉢呂氏は10日午後7時から、都内の衆院議員宿舎で首相と会談し、辞表を提出した。その後、経産省で記者会見し「一連の発言で国民とりわけ福島県民の皆さんに、多大な不信の念を抱かせ、心からおわび申し上げたい」と謝罪した。

 これに先立つ10日昼過ぎ、鉢呂氏は都内で記者団に対し「全力を挙げて事故の早期収束に向けて頑張りたい」と述べ、続投に意欲を示していた。

 しかし、民主党の前原誠司政調会長は都内で記者団に「大変ゆゆしき問題だ」と指摘。閣僚経験者も「緊張感が足りない。野田内閣が問われる」と述べるなど、党内からも早期辞任を求める声が上がっていた。

 鉢呂氏は8日に第1原発の周辺を首相とともに視察。8日夜に帰京した際、都内の議員宿舎で記者団と懇談中、防災服の袖をすりつけるしぐさをし「放射能をうつしてやる」などと発言。9日の記者会見では、地元の自治体の状況について「まさに死の町という形だった」と述べていた。

 鉢呂氏の在任期間はわずか9日間で、民主党政権下での任期途中での閣僚辞任は7人目。

「死の町」発言、怒り通り越した悲しさ

東京電力福島第1原発の周辺住民らの心の傷に塩を塗った。野田内閣発足間もない鉢呂吉雄経済産業相の「死の町」発言。本人は前日の8日、首相に同行し現地に足を運んだばかり。視察後には報道陣相手に「放射能をうつしてやる」といった言動も発覚。避難住民に怒りを通り越した悲しみだけが残った。

 「そんな発言は信じたくない」。埼玉県加須市で避難生活を送る福島県双葉町の農業林一栄さん(74)は、第1原発のすぐそばで長年ホウレンソウを栽培してきた。

 「豊かな自然の恵みがこれまでの私の生活を支えてくれた。軽はずみな発言をせず、政府は復興に向けた努力をしてほしい」

 双葉町から猪苗代町に避難した天野正篤さん(73)は「放射線量の高さから、現実的に戻るのは難しいと覚悟している。『死の町』と言うなら何年後まで戻れないのか」といら立ちを見せた。


タグ:鉢呂吉雄
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「ほら、放射能」厳しい状況共有のため…鉢呂氏、

「ほら、放射能」厳しい状況共有のため…鉢呂氏読売新聞 9月10日(土)21時35分配信

辞任会見する鉢呂経産相(10日午後9時25分、経産省で)

 東京電力福島第一原子力発電所周辺自治体を視察後の不適切な言動の責任をとって辞任した鉢呂経済産業相は10日夜、経産省で緊急記者会見を行い、「私の一連の発言で国民の皆様、とりわけ福島県民の皆様に多大な不信の念を抱かせ、心からおわびしたい」と謝罪した。

 鉢呂経産相は、視察から帰京した8日夜、防災服の袖を取材記者にこすりつけるしぐさをし、「ほら、放射能」と発言したことについて、「(被曝の)大変厳しい状況を共有していただくためだった」と釈明した。

鉢呂氏会見詳報(1)「国民、福島県民に不信の念抱かせた」(10日夜)産経新聞 9月11日(日)1時54分配信

 鉢呂吉雄経済産業相が10日夜、経産省で開いた辞任会見の詳報は以下の通り。


 「遅い時間にお集まりいただき、大変ありがとうございます。本日、野田佳彦首相に会い、『経産相を辞任したい』という申し出をし、首相から受理していただいたところだ。私の一連の発言で、国民の皆さん、とりわけ福島県民の皆様に多大の不信の念を抱かせ、大変心からおわび申し上げる。大変どうもすみませんでした」

 「また福島県民の皆さんや東日本大震災の(被災者の)皆さんに少しでも今後貢献できるよう、これからもひたすら頑張って参りたいと考えているところだ。大変短い期間だったが、経済産業省の皆さんの力もいただいて過ごしたことに心から御礼申し上げ、退任のごあいさつとさせていただく。本当にありがとうございました。以上だ」


 −−いつどこで首相に辞表を提出したのか

 「今日、首相も被災地に出張し、私も第3次補正予算の関連で円高、空洞化に今後の方向性をつけるということで、企業の訪問をしたところだ。午後7時から(東京都内の)赤坂議員宿舎でお会いし、辞任を申し出たところだ。以上だ」


 −−首相からはどういう発言があったか

 「首相からは、これを受理していただいたということだ」


 −−首相が言ったことは何か

 「特に申し上げることはない」


 −−首相から声をかけられたことは何か

 「受理していただいたということだ」


 −−何分くらい会ったのか

 「時間はわからないが、数十分だったと思う」


 −−改めて、辞めた一番の理由は

 「昨日、今日にかけて、福島県に視察に行った際での記者会見等での発言、一連の発言について国民の皆さん、福島県民の皆さんに大きな不信の念を抱かせた。このことに尽きるかと思う」


 −−午後の視察の際は辞任という発言はなかったが、決断はいつしたのか

 「首相に経過を話し、その際、決断させていただいたということだ」


 −−一連の発言というが、具体的に何の発言について反省し、辞めるのか。具体的に説明してもらわないとなぜ辞めるのか分からない

 「一つは、昨日の記者会見において『死の町』という表現をしたことについてだ。このことについては、午後の記者会見で、撤回をして陳謝、おわびしたところだ。また、視察後の非公式の記者の皆さんとの懇談。まあ、立った場での懇談だったわけだが、一連の大半は視察の中身について真面目で真剣な報告をしたと思うが、不信を抱かせるような言動があったという風にとらえられたわけだ。この2つだ」


 −−具体的にどう言ったのか。国務大臣を辞めるんですよ。理由くらいきちんと説明しなさい

 「私も、非公式の記者の皆さんとの懇談ということで、その1つ1つに定かな記憶というものがないので…」


 −−定かな記憶がないことで辞めるのか。定かだから辞めるのだろう。、最後くらいきちんと説明しなさい

 「そういう風に私は…。国民の皆さん、福島県民の皆さんに不信の念を抱かせたと考えておるところだ」


 −−何を言って不信の念を抱かせたか説明しろって言ってんだよ

 「だから、今お話した通りだ」


 −−何を言ったからだ

 「大変すいません。私なりに精いっぱい話しているつもりで、ご理解をいただきたいと思う」


 −−改めて、なかなか理解しがたいが、会見、前夜の言動、被災地の痛みを目の当たりにした者の言動として、なぜそういう発言をしたのか。そのあたりの心境をもう一度、説明を。今回の入閣については北海道民からも強い期待を受けていたが、どんな心境か

 「原子力発電所事故の形については私も福島に2回ほど入り、子供の健康、特に学校などの除染問題で、(当時の)菅直人首相にも意見具申したり、それなりの議員個人の立場だったが、やっていたと思っている。そういう中で、私は現地の事故の作業員の皆さんの働く姿、あるいはまた、その周辺の、昨日まで活発にさまざまな生活、経済活動をしている地域が、一晩のうちに避難という形になったこの町を、言葉は非常に、県民の皆さんに逆なでするような言葉だったと思っているが、私の率直な見た形を表現をさせていただいた。」

 「決してそのことで何か、県民の皆さんを逆なでするというような意図はなかったと思っているが、適切な言葉ではなかった。自分として、福島の原子力発電所の事故について、また地元(北海道)に原子力発電所があるから、相当大きな政治的な形(決意)をもって臨んできただけに、不用意な発言について真剣に考えさせていただき、このような決断をした。このように受け止めていただければと思う」

 「地元の期待については、本当に、痛くなるような形で受け止めておったわけで、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の問題とか、今の円高、産業空洞化の問題、また、原子力の再稼働で地元の県民や住民の皆さんの理解を得るという大変重い責任を持つ大臣としての活動に対して率直に言って期待があったと思っているので、きちんと貫き通して解決しえなかったのは大変無念な思いだ。そういうことだ」


 −−今の説明ではどうして辞任するのかよく分からない。何に対して反省をして、どうして辞めるのか

 「私は自分の率直な思いを言っているつもりで、国民に判断をしていただきたい。一番大きいのは福島県民の皆さんの思いに応えるどころか、大きな不信という形だったと自分なりに思っているし、そのことは自分としては本当のこれまでかかわってきただけに、強い思いがあったことに対して、そういう一連の発言に対する裏切りというものとして私として受け止めさせていただいた」

タグ:鉢呂吉雄
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2011年08月30日

野田佳彦氏を第95代首相に指名 衆参両院

野田佳彦氏を第95代首相に指名 衆参両院産経新聞 8月30日(火)14時9分配信

衆院本会議の首相指名選挙で選出され起立する民主党の野田佳彦代表=30日午後、国会・衆院本会議場

 衆参両院は30日、菅内閣の総辞職を受けて首相指名選挙を行い、ともに民主党の野田佳彦代表(54)が首相に指名された。野田氏は党役員人事と組閣人事を行い、皇居での親任式などを経て正式に野田内閣が発足する。

 衆院では野田佳彦氏308票、谷垣禎一氏118票、山口那津男氏21票、志位和夫氏9票、福島みずほ氏6票、渡辺喜美氏5票、平沼赳夫氏4票、小沢一郎氏1票、海江田万里氏1、鳩山邦夫氏1票、横粂勝仁氏1票。投票総数は476、無効票1。

 参院議員では、1回目の投票で過半数に達した議員がいなかったため、野田氏と谷垣氏の決選投票となった。公明党が谷垣氏に投票したが、みんなの党などが白票を投じたため、野田氏が指名された。

 参院での回目の得票数は野田佳彦氏110票、谷垣禎一氏85票、山口那津男氏19票、志位和夫氏6票、渡辺喜美氏11票、福島みずほ氏5票、平沼赳夫氏3票、舛添要一氏2票。投票総数241、無効票0。

 決選投票では野田氏110票、谷垣氏107票、白票が24票だった。

非海江田で結集…岡田氏「描いたシナリオ通り」
タグ:野田佳彦
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非海江田で結集…岡田氏「描いたシナリオ通り」

非海江田で結集…岡田氏「描いたシナリオ通り」読売新聞 8月29日(月)21時19分配信

 29日の民主党代表選は、1回目の投票で1位だった海江田万里経済産業相を、野田佳彦財務相が決選投票で破る大逆転劇となった。

 首相を決める与党党首選で下位候補が決選投票で逆転に成功したのは、1956年の自民党総裁選で石橋湛山総裁が誕生して以来となる。歴史的にもまれな逆転劇の舞台裏を検証する。

 「決選投票になったら、『非海江田』で票を集中させたい」

 29日朝、国会内で開かれた菅首相グループの会合。座長の江田法相は約30人の出席者にこう呼びかけ、了承を取りつけた。

 菅グループは、代表選の対応を自主投票としていたが、菅首相の意向もあり、「反小沢」では一致していた。党内では「海江田氏が1位となるものの、過半数には至らない」との見方が大勢だった。

 「野田氏と前原誠司前外相の陣営はともに票の上積みに必死で、決選投票となった場合の戦略を立てるに至っていない」と見た江田氏は、野田、前原両陣営に「決選投票では野田、前原両氏のいずれか上位となった候補に投票する」という「海江田包囲網」を事前に打診し、両陣営も「当然の行動」と受け止めた。

 野田氏にとっては、逆転劇の主役を演じるには、1回目の投票で、前原氏を抑えて2位に躍り出なければならなかった。野田陣営は電話による投票の呼びかけも必死に進めた。党内に「前原氏が首相になったら、世論の支持を背景に早期の衆院解散・総選挙に踏み切るのではないか」との警戒感が広がっていたことは、野田氏が支持を伸ばすうえで、プラスに働いた。

 29日朝、「2位」への自信を深めつつあった野田陣営の藤村修幹事長代理は、鹿野道彦農相の選対本部長である大畠国土交通相に対し、決選投票での「野田、前原、鹿野連合」の実現を要請した。

 鹿野陣営には小沢グループの議員も多かったが、告示後には会合に顔を出さなくなったため、鹿野陣営は「小沢グループの引きはがし方はひどい」(大畠氏)と反発を強めていた。藤村氏の要請は、鹿野陣営に「あうんの呼吸」で受け入れられた。

 前原グループでも、仙谷由人代表代行(官房副長官)が、藤村氏や、野田選対の顧問に就任していた岡田幹事長と連絡を取り合い、決選投票での糾合に力を入れた。

 菅政権で「脱小沢路線」を推進した岡田氏は代表選終了後、周辺に笑顔でこう語った。

 「僕らが描いたシナリオ通りになったな」 最終更新:8月29日(月)23時57分

「野田新代表に頑張ってほしいが…」小沢元代表読売新聞 8月29日(月)17時0分配信

 民主党の小沢一郎元代表は29日、都内のホテルで開いた自らのグループ会合で、代表選で野田佳彦新代表が選出されたことを受け、「野田新代表には頑張ってほしいが、これからの態勢がどうなるのか、言葉だけの挙党一致なのかどうか見極めないといけない」と述べた。 最終更新:8月29日(月)17時0分

タグ:民主党
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2011年08月29日

民主党新代表に野田氏 あす第95代首相に指名へ

民主党新代表に野田氏 あす第95代首相に指名へ産経新聞 8月29日(月)14時33分配信

決選投票の末、新代表に選出され一礼する野田佳彦財務相

 民主党は29日、菅直人首相の後継代表を決める代表選挙を行い、野田佳彦財務相(54)が海江田万里経済産業相(62)との決選投票の末、新代表に選出された。野田氏はただちに党役員人事に着手し、30日の衆院本会議で第95代、62人目の首相に指名される。

 得票数は野田氏215票、海江田氏177票。投票総数は395、有効投票数は392で無効票は3だった。

 野田氏、海江田氏のほか前原誠司前外相(49)、馬淵澄夫前国土交通相(51)、鹿野道彦農相(69)の計5人が立候補した代表選は、1回目の投票でいずれの候補も過半数に達せず、野田氏と海江田氏による決選投票となった。

 1回目の得票数は前原氏74票、馬淵氏24票、海江田氏143票、野田氏102票、鹿野氏52票。有効投票数は395、無効票は0だった。

 海江田氏は約120人の党内最大勢力を率いる小沢氏や、鳩山由紀夫前首相の全面的な支持を受け、1回目の投票では最多の票を集めた。しかし、野田氏が、海江田氏を通じた小沢氏の影響力維持を懸念する中間派の支持を集め、決選投票では海江田氏の票を上回った。

野田佳彦(のだ よしひこ、1957年5月20日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(5期)、財務大臣(第14代)、花斉会(野田グループ)会長。 千葉県議会議員、民主党国会対策委員長(第7・10代)などを歴任した。現在、民主党代表(第9代)。

県議〜民主党代表選挙立候補
1957年(昭和32年)5月20日生まれ。千葉県船橋市出身。父は陸上自衛隊第一空挺団の隊員で、佳彦は長男だった。学生時代は立花隆に憧れてジャーナリストになることを希望していた。

1976年3月、千葉県立船橋高等学校卒業。1980年3月、早稲田大学政治経済学部政治学科を卒業する。

1985年に松下政経塾を1期生として卒業し、家庭教師、都市ガスの点検員、私設教育相談所長、青年政治機構副幹事長を経て、1987年千葉県議会議員選挙に立候補、各新聞社の選挙予想では「野田は独自の戦い」と泡沫候補扱いだったが、当時最年少の29歳で当選する。千葉県議は2期務める。

1992年日本新党結成に参加し、1993年第40回衆議院議員総選挙には日本新党公認で千葉1区から立候補し当選する。日本新党では副代表幹事などを務め細川内閣を支えるが、細川内閣の総辞職、新党さきがけや日本社会党の離脱に伴う羽田内閣の崩壊を経て、野党となった日本新党は解党し、同年新進党結党に参加する。

1996年第41回衆議院議員総選挙では全選挙区最小得票差の105票差で自民党の田中昭一に敗れ、比例代表への重複立候補もしていなかった(新進党においては原則として重複立候補は許されなかった)ため落選した(田中昭一:73,792票、野田佳彦:73,687票 野田の惜敗率99.85%)。

2000年第42回衆議院議員総選挙に民主党公認で当選し、国政に復帰する。民主党総務局長に就任。2001年民主党ネクスト・キャビネット(次の内閣)で行政改革・規制改革担当大臣に就任する。2002年8月菅直人、鳩山由紀夫の二枚看板(いわゆる「鳩菅体制」)に危機感を覚え、世代交代を図るため同じ松下政経塾の後輩に当たる前原誠司、松沢成文らと「第二期民主党をつくる有志の会」を結成。9月の代表選に立候補するにあたっては、前原との間でどちらが立候補するかで調整に難航するが、民主党若手議員を代表する形で野田が立候補する。代表選挙では敗北するものの、選挙戦を通じて認知度を得る。その後、鳩山代表に政策調査会長への就任を要請されるが、鳩山を支持するために代表選挙の出馬を取りやめた中野寛成の幹事長就任を「論功行賞」と批判し、就任を固辞する。

2005年第44回衆議院議員総選挙では千葉13選挙区の中で野田の選挙区である千葉県第4区のみ唯一民主党として自民党の藤田幹雄に944票差に迫られながら勝利した。

民主党幹部
2002年12月、民主党国会対策委員長に就任する。国対委員長としては、審議拒否をしない方針で国会運営に臨んだ(2003年11月退任)。

2004年5月、次の内閣財務大臣に就任する(2005年9月退任)。

2005年9月の総選挙で民主党が大敗し、辞意を表明した岡田克也党代表の後任選びでは前原誠司を推し、中堅、若手議員をまとめ前原勝利の一因を作る。当初は幹事長に就任予定だったが、菅直人が固辞した国対委員長に就任した。2006年2月に永田寿康が引き起こした堀江メール問題では、当初このメールの信憑性を疑わず永田を擁護する対応をとったこともあり、国会論戦の指揮監督をおこなう立場として責任を取り、同月に国対委員長を辞任した。 なお、このメール問題について、2008年に刊行された民主党秘書らによる『民主党10年史』(第一書林)では「普通の企業なら当然備わっている危機管理と統治能力がなかった」 、「党執行部の仲良しグループ化が生んだ情報囲い込み」が原因だったと指摘している。また、この事について、民主党の馬淵澄夫によると、辞任後に野田と東京・神楽坂のバーで飲んだ際「いやー、いろいろあったけど墓場まで持っていくしかねぇなー」と笑って話したという[1]。

国対委員長辞任後
科学技術政策ワーキングチームの座長として、宇宙の軍事利用の検討を行い、防衛目的の利用はできないという従来の政府解釈を転換し、非侵略での宇宙利用を容認する「宇宙条約」の締結を進める方針を示した。また、宇宙庁の設置に尽力している。

2008年8月、「本当の二大政党なら政策論争をしないと意味がない」と主張し、民主党代表選への出馬を表明したが、幹部の松本剛明に強く自制を求められるなど自らのグループを纏め切れず、更にいわゆるメール問題の張本人の一人である野田の立候補には全党的に反発が強く、推薦人(20人)確保の目処が立たず、出馬を断念した。これにより、小沢体制の継続が事実上決まった。これについて2008年9月7日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』で立候補を断念した経緯を語った。

出馬断念の代償は大きく、民主党の次代を担う七奉行と呼ばれた野田は大きな打撃を受ける。結束力を誇った野田グループは出馬断念派と積極派に分裂して解散論も飛び出すほど脆弱な組織となり、馬渕澄夫は退会した。2009年5月の小沢辞任に伴う代表選挙では岡田克也を支援したが、鳩山由紀夫に敗れる。ただ、岡田が鳩山代表の下で幹事長に就任すると、幹事長代理として執行部入りし、復権を果たした。

鳩山政権
同年9月の鳩山由紀夫内閣の成立に伴い、防衛大臣就任が取り沙汰されたが、近著で集団的自衛権の行使を主張しているなど、党内や連立政権での意見対立を刺激することが懸念され、見送られた。野田の手腕を高く評価していた藤井裕久財務大臣の意向により、財務副大臣に就任。2010年1月に藤井が健康上の問題を理由に辞任すると後任候補の1人として名前が上がり[2]、藤井も野田を後任に推薦する意向だった[3]が、菅直人が国家戦略相から横滑りする形で副総理兼財務相に就任した。

菅政権

2010年11月6日、アジア太平洋経済協力財務相会合にて財務長官ティモシー・フランツ・ガイトナー(左)と2010年6月、鳩山首相が辞任を表明。鳩山内閣の財務大臣だった菅が後継首相となり、野田が副大臣から昇格する形で菅の後任の財務大臣に就任した。初入閣での財務相就任は初めての例であり、戦後の大蔵大臣を含めても比較的異例である。

同年8月20日、為替動向について記者会見で「重大な関心をもって注意深くみていく」と述べる一方、為替介入についてはコメントを避けた[4]。9月8日、円高について衆院財務金融委員会での答弁で「明らかに一方的に偏っている」とし、「必要なときには為替介入をふくむ断固たる措置をとる」「産業の空洞化にもつながりかねないということで、強い懸念をもっている」と述べた[5]。9月15日、政府・日本銀行が「円売りドル買い」の為替介入に踏み切ったことを発表。この介入により1ドル=82円台から1ドル=85円台に急落した[6]。10月8日、1ドル=81円台に上昇したことを受け「より一層重大な関心を持ってマーケットの動向を注視し、必要なときには介入を含めて断固たる措置をとるという姿勢に変わりはない」と述べた[7]。また同日ワシントンで開かれた先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)では為替介入について「批判的な意見は出なかった」と説明した[8] 。

2010年9月に発足した菅改造内閣では財務大臣に留任。2011年1月の内閣改造に際しては、内閣官房長官への横滑りも取り沙汰されたが、野田が財務大臣続投を強く希望したため、菅再改造内閣でも留任した。

民主党代表
2011年8月26日、2011年民主党代表選挙への出馬を正式に表明。8月27日に立候補を届け出て、8月29日の投票日を迎えた。

代表選挙の1回目の投票では102票を獲得して2位となり、1位の海江田万里候補との決選投票に決着が持ち込まれると、決選投票では395票中215票を獲得し、第9代民主党代表に選出された。

野田佳彦 - Wikipedia
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海江田、野田両氏で決選投票へ 民主党代表選

海江田、野田両氏で決選投票へ 民主党代表選 産経新聞 8月29日(月)13時33分配信

 民主党は29日午前、菅直人首相の後継代表を決める代表選挙を行った。立候補した前原誠司前外相(49)、馬淵澄夫前国土交通相(51)、海江田万里経済産業相(62)、野田佳彦財務相(54)、鹿野道彦農相(69)の5候補とも過半数に達せず、海江田氏と野田氏による決選投票となった。

 得票数は前原氏74票、馬淵氏24票、海江田氏143票、野田氏102票、鹿野氏52票。有効投票数は395、無効票は0だった。

 決選投票は引き続いて行われ、新しい党代表が決まる見通し。新代表は29日午後、ただちに党役員人事に着手し、30日の衆院本会議で第95代、62人目の首相に指名される。

 代表選に先立って両院議員総会が行われ、5候補がそれぞれ15分間ずつ演説を行った。

 海江田氏は約120人の党内最大勢力を率いる小沢氏や、鳩山由紀夫前首相の全面的な支持を受けている。野田氏は自らの議員グループを基盤に、海江田氏を通じた小沢氏の影響力維持を懸念する中間派に支持を拡大している。
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2011年08月26日

首相、退陣を正式表明「約束したように降りる」

首相、退陣を正式表明「約束したように降りる」読売新聞 8月26日(金)13時19分配信

民主党の役員会を終えた菅首相は、国会内で見学の小学生に向かって手を振った(26日午後1時18分、国会で)=田中秀敏撮影

 菅首相(民主党代表)は26日午後、国会内で開かれた民主党役員会で、退陣条件としていた特例公債法と再生可能エネルギー特別措置法が参院本会議で成立したことを受け、「約束したように代表の座を降りる。新代表が決まれば総理の座も辞す」と述べ、退陣を正式表明した。
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2011年06月06日

1〜3号機でメルトダウン=保安院が解析結果公表―福島第1,吉田所長「止めていたら死ぬかも」

1〜3号機でメルトダウン=保安院が解析結果公表―福島第1時事通信 6月6日(月)15時14分配信

 福島第1原発事故で、経済産業省原子力安全・保安院は6日、1〜3号機の原子炉がメルトダウン炉心溶融)に至ったとする解析結果を公表した。

炉心の状況については、東京電力が5月に1号機のメルトダウンを認め、2、3号機についても可能性があると発表していた。 


吉田所長「止めていたら死ぬかも」TBS系(JNN) 6月6日(月)11時56分配信

 「まずやることを丁寧に一つ一つやること。現場でたくさんの人が働いてますから、健康や安全をちゃんと確保する。この2点だけですね」(福島第一原発 吉田昌郎所長)

 福島第一原発の事故以来、現場の責任者として復旧作業の陣頭指揮をとっている、吉田昌郎所長がJNNの単独インタビューに応じました。

 「現時点では1〜3号機とも原子炉の中は冷えている。そういう意味で原子炉は安定していると考えていい」(吉田昌郎所長)

 メルトダウンに至っている1号機から3号機の状況について、吉田所長は「安定している」としたうえで、当面の最大の課題は大量の「汚染水」であると指摘しました。

 「汚染した水をどう処理するか、ここが一番大きな課題。そこが最大のポイントだと思って取り組んでいる」(吉田昌郎所長)

 一方、政治問題へと発展した、事故直後の海水注入。吉田所長は本社の指示に背く形で、1号機への海水注入を続けたとされています。なぜ、注入を続けたのでしょうか。

 「ひと言で言いますと、あの時点で現場は生きるか死ぬかでしたから、もし(海水注入を)止めていたら死ぬかもしれない。そういう気持ちでいたということはお伝えします。(Q.判断は間違っていなかった?)間違っていなかったというよりは入れ続けないといけないと思っていた」(吉田昌郎所長)

 海水の注入を止めるという本社の指示に従うことは、当時の判断の選択肢に全くなかったことを明らかにしました。さらに、海水の注入を続けていたことを本社に報告しなかったことについて、次のように説明しました。

 「忙しかったからですよ。1号機だけでなく、2号機3号機でも危機的状況が続いてましたから。第三者委員会ができれば、きちんと経緯を話そうと思っていた。そのタイミングが若干遅れたということ、非常に申し訳なく思っています」(吉田昌郎所長)

 「(Q.地元・福島に対しては?)福島県の地元の皆さんにご迷惑かけたということ、これはこの事故が起きてから忘れたことはありません。本当に皆さんに申し訳ない。しっかり謝りに行きたいが、なかなかそういう状態にならない。そういう皆さんのためにも一刻も早く(事故を)収束させたい」(吉田昌郎所長)
(06日10:21)最終更新:6月6日(月)11時56分

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岡田氏、菅首相退陣後は「大連立が望ましい」

<民主党>前原前外相 後継首相決める代表選立候補否定せず毎日新聞 6月5日(日)18時46分配信

前原誠司前外相

 民主党前原誠司前外相は5日、フジテレビの報道番組に出演し、菅直人首相退陣後の後継首相について「この国をどう導くかの気概と、(野党との)時限的連立でテーマを絞ってやりきる覚悟を持てるかどうかだ」と述べた。後継首相を決める民主党代表選への立候補を否定せず、含みを残した。

 前原氏は民主党代表選について「野党の協力が得やすいかどうかという姿勢に立って考えるべきだ」と述べ、与野党協力を進められる代表を選ぶべきだとの認識を示した。【野口武則】


岡田氏、菅首相退陣後は「大連立が望ましい」産経新聞 6月5日(日)12時37分配信

民主党岡田克也幹事長

 民主党岡田克也幹事長は5日午前、菅直人首相退陣後の政権について「物事をスムーズに決めていくため、特に東日本大震災と税と社会保障の一体改革という大きな課題を乗り越えるためには期限付きの大連立が望ましい」と述べ、自民党などとの大連立政権の樹立を目指す考えを示した。都内で記者団に答えた。

【フォト】原口氏は代表選に意欲、そしてこの人は…

 岡田氏は大連立を組んだ場合、「第1党が首相を出すのが基本だ」との認識を示した。

 首相が震災復興に「一定のめど」がついた時点で退陣すると表明していることについて、岡田氏は「辞めるべき時期がきても首相が辞めないとき、最後に『辞めてください』と申し上げるが幹事長の仕事だ」と述べた。
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<青森県知事選>原発推進派勝利「誰がやっても無くなんね」

<青森県知事選>原発推進派勝利「誰がやっても無くなんね」毎日新聞 6月5日(日)21時37分配信

 青森県知事選が5日投開票され、原発推進派の現職候補が3選を果たした。数多くの原発関連施設が立地する下北半島の民家で、かつて反対運動にかかわったという50代の男性が話した。「出稼ぎしねぐていぐなったのも原発さあっからだ。しょうがねがったんだ」。食卓で原発の関連企業で働く30代の長男と2人、口をそろえた。「誰がやっても、原発は無くなんね」【浅野翔太郎】

 福島第1原発の事故を受け、原発の安全性に懸念が広がった。青森県内でも関心は高く、Jパワー(電源開発)が原発を建設中の大間町で先月21、22日にあった「反原発ロックフェスティバル」は約450人を集めた。去年の約4倍の観客数だった。

 知事選で当選を果たした現職の三村申吾氏(55)は「県独自の安全検証委設置」を公約に掲げた。しかし、原発の新規建設の是非には踏み込まず、争点化を避けた。他の2候補は「脱原発」「新規建設凍結」をそれぞれ唱えた。三村氏との違いを鮮明にする戦術でもあったが、支持は広げられなかった。

 下北半島は使用済み核燃料再処理工場や稼働中の原発を抱え、原発4基の建設や設置計画が進んでいる。県内自治体の電源三法交付金の依存度も高い。下北半島を中心に85年、約6万人いた出稼ぎ労働者は08年、約8800人に減った。

 東通村に住む女性(58)は声をひそめて話した。「職場でもね、『不安だ』って話はよくするのよ。でも、それ以上は言えないの」。東北電力東通原発がある東通村では、いま、東京電力と東北電力が計3基の原発の新設を進めている。

 この女性は福島第1原発の事故の報道に触れるたび、東電が村に来た約10年前を思い出すという。

 村では当時、原発の視察旅行が頻繁にあった。同行したのは村職員と東電の社員。「半分は観光だった」が、費用を払った記憶はない。集落や団体単位で人数が割り当てられ、女性も宮城や福井県への旅行に行った。

 原発で事故が起きた時の避難先や避難生活の方法を、「自治体や事業者から示されたことはない」と女性は話す。福島第1原発の事故を受けた、この知事選でも、各候補から明確な方針は示されなかった。「知りたいのは原発の凍結か継続かじゃない。何か起きたら、どうするかなのに」。ため息をついた。
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2011年06月05日

岡田民主幹事長、菅首相辞めねば退陣進言=自民・石原氏「一日も早く」

岡田民主幹事長、菅首相辞めねば退陣進言=自民・石原氏「一日も早く」時事通信 6月5日(日)9時21分配信

 民主党岡田克也幹事長は5日、NHKの討論番組などに出演し、菅直人首相の退陣時期に関し、「多くの人の思いとかけ離れれば、お辞めくださいと言うつもりだ」と述べ、首相が引き延ばしを図った場合は退陣を進言する考えを表明した。ただ、「(退陣が)いつなのか言えば、たちまちレームダック(死に体)になる」とも語り、具体的な時期の明言は避けた。
 これに対し、自民党の石原伸晃幹事長は「首相には一日も早く辞めてもらいたい」とした上で、「月内(に退陣すべき)ではないか」と述べ、6月中の退陣を要求した。
 また、岡田氏は今後の与野党協力について「(東日本大震災からの)復興、税と社会保障という大きなテーマを乗り越えることが大事だ。大連立までいった方がいい」との見解を明らかにした。参院では民主党も、自民、公明両党も過半数に足りないことから、大連立を組んだ場合は2013年の次期参院選まで続く可能性があると指摘した。 

ポスト菅は前原氏首位、追う枝野氏ら…読売調査読売新聞 6月5日(日)6時39分配信

 菅首相が退陣を示唆したことで、民主党内では「ポスト菅」に向け、党代表選をにらんだ動きが本格化しそうだ。

 読売新聞社が3〜4日に実施した全国世論調査で「次の首相に誰が最もふさわしいと思うか」を聞いたところ、党内では前原誠司・前外相が14%でトップに立ち、枝野官房長官と岡田幹事長が9%で次点で並んだが、3人とも一長一短ある状況だ。

 前原氏は代表経験者で複数の閣僚も経験している。安全保障に詳しく、自民党にも連携を望む声が少なくない。ただ、3月に在日韓国人からの献金問題で外相を辞任したばかりで、前原氏自身は代表選出馬に慎重とされる。

 枝野氏は東日本大震災後、連日のように記者会見したことで知名度を高めたが、「菅首相と一蓮托生(いちれんたくしょう)」などの指摘もある。岡田氏も、4月の統一地方選敗北の責任などを問う声が党内で強まっている。 最終更新:6月5日(日)6時39分

<菅首相>退陣の意向表明 「震災対応、一定のめど後」
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2011年06月03日

鳩山氏「首相はペテン師」「不信任案賛成すれば良かった」

鳩山氏「首相はペテン師」「不信任案賛成すれば良かった」産経新聞 6月3日(金)10時51分配信

内閣不信任案否決から一夜明け、インタビューに答える鳩山由紀夫・前首相=3日午前、東京・千代田区

 鳩山由紀夫前首相は3日午前、菅直人首相が早期退陣を否定していることについて「きちっと約束したことは守るのはあたり前だ。それができなかったらペテン師だ」と述べ、激しく非難した。都内の自宅前で記者団に語った。

 鳩山氏は2日昼の民主党代議士会直前に首相と面会した内容に関し「復興基本法案の成立と平成23年度第2次補正予算案の編成のめどがたったら(首相の座から)お引き取りいただくということに、首相は『結構だ』と言った」と強調した。

 その上で「不信任案(採決の)直前には辞めると言い、否決されたら辞めないと言う。こんなペテン師まがいのことを首相がやってはいけない」と指摘。「人間としての基本にもとる行為をしようとしているのなら、即刻党の規則の中で首相に辞めていただくように導いていかなければならない」と述べ、両院議員総会を開いて首相に早期退陣を求める考えを示した。

 不信任案に賛成した松木謙公前農水政務官ら2人への除籍(除名)処分については「冗談じゃない」と語り、処分は不要との見解を示した。

 自身の対応についても「不信任案が否決されたら突然言葉をひっくり返して『そんなことを言った覚えはない』という人間だとすれば、不信任案に賛成すべきだった」と述べた。一方で「首相が詐欺師まがいのことをやるとは思わない。今でも信じている」とも語った

菅首相が会見、退陣時期には言及せず、小沢氏激怒、菅・鳩山会談の詳細知らされず
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菅首相が会見、退陣時期には言及せず、小沢氏激怒、菅・鳩山会談の詳細知らされず

菅首相が会見、退陣時期には言及せず読売新聞 6月2日(木)22時30分配信

 菅首相は2日夜、首相官邸で記者会見し、退陣の時期について、「『(震災の復旧・復興に)一定のめどがついた段階で、若い世代の皆さんに責任を移していきたい』と申し上げた、私の代議士会での発言に責任を持つのは当然だ」述べるにとどめ、具体的には言及しなかった。

 一方で、被災した東京電力福島第一原子力発電所の事故収束について、「冷温停止するまでが、私の責任だ」と述べた。東電が発表した工程表によると、同原発の冷温停止状態になるのは、最も遅い場合は来年1月とされている。

 また、野党に対して「復旧復興が一定のメドが立つまで、原子力事故が一定の収束の段階まで、是非とも党派を超えて協力頂き、新しい安全で安心な社会作りに共に参加を頂きたい」と述べ、協力を呼びかけた。

小沢氏激怒、菅・鳩山会談の詳細知らされず読売新聞 6月2日(木)21時45分配信

 2日の内閣不信任決議案の採決直前に、菅首相が退陣を示唆したことで、民主党の小沢一郎元代表が描いた不信任案可決のシナリオは大きく狂った。

 党執行部は小沢元代表の追加処分を検討している。さらに元代表は「政治とカネ」をめぐる裁判も抱えており、「反小沢」側からは、今回の大差の否決によって、元代表の求心力低下は決定的になったとの指摘も出ている。

 小沢グループは70人以上が造反の意向を固めていたが、結局、造反を明言してきた側近の松木謙公前農林水産政務官が賛成票を投じた以外は、小沢元代表ら計15人が欠席・棄権するにとどまった。

 2日朝、東京都内のホテルの一室。造反を決意した民主党衆院議員50人以上が続々と集結し、前日夜の会合に70人を集めたことで、「もう不信任案可決は決まったも同然」との高揚感が漂った。内山晃衆院議員は記者団に「140票は取りたい。そうすれば、自民、公明両党の数より我々の方が増える」とまで公言した。

 だが、首相と鳩山前首相が2日午前に会談し、首相が同日昼の民主党代議士会で退陣を示唆すると、雰囲気は一変した。

 両氏の会談の詳細を知らされていなかった元代表は激怒した。造反を決意していた議員ははしごを外された格好となり、「具体的な辞任時期を示していない。これは造反組に対する分断作戦だ」「訳が分からない。“世紀の談合”だ」と怒りをあらわにした。

 元代表は急きょ、国会内の自室に側近らを集め、「退陣の言及にまで追い込んだのは一つの成果だ」と述べた。グループの対応については「自分は欠席するが、後は個々に任せる」と語り、自主投票の方針を打ち出した。 最終更新:6月2日(木)23時34分

菅内閣への不信任案が否決 小沢氏は欠席、松木氏が造反
<菅首相>退陣の意向表明 「震災対応、一定のめど後」
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2011年06月02日

菅内閣への不信任案が否決 小沢氏は欠席、松木氏が造反

菅内閣への不信任案が否決 小沢氏は欠席、松木氏が造反産経新聞 6月2日(木)15時20分配信

衆院本会議で自民党の大島副総裁の内閣不信任決議案の趣旨弁明を聞く菅首相=2日午後、国会・衆院本会議場

 菅内閣に対する不信任決議案は2日午後、衆院本会議で採決され、賛成152、反対293(投票総数445、過半数223)で否決された。

菅直人首相が民主党代議士会で自発的な退陣を表明したことを受けて、小沢一郎元代表が「首相から今までなかった発言を引き出したのだから自主的判断でいい」と支持派議員に不信任案に賛成しないよう呼びかけたため、民主党内からの大量造反はなかった。ただ松木謙公元農水政務官が賛成票を投じ、小沢氏は本会議を欠席した。

 不信任案は自民、公明、たちあがれ日本の野党3党が共同提出した。菅首相の政権運営や党運営に批判的な小沢氏支持議員らが、野党に同調して賛成する動きをみせた。5月31日夜に会談した鳩山由紀夫前首相が首相に退陣を要求。小沢氏は1日夜、記者団に「国民が支持してくれた民主党に戻さなくてはいけない」と不信任案に賛成する意向を表明するなど造反の動きが広がり、不信任案可決の公算が大きくなっていた。

首相が辞意「震災対応に一定のめどつけば」

菅直人首相は2日午後、野党提出の内閣不信任決議案をめぐり、衆院本会議の採決を前に開かれた党代議士会で、民主党からの大量造反で党分裂となることを回避するため、震災対応に一定のめどがついた段階で、自発的に退陣する考えを表明した。

平成23年度第2次補正予算案の成立などを契機に退陣する意向とみられる。

 首相は代議士会の冒頭、「私に不十分なところがあった。みなさまにも大変ご迷惑をかけ、改めておわびしたい」とした上で、震災対応に「一定のめどがついた段階で、若い世代に責任を引き継いでいきたい」と述べて、退陣する意向を表明した。

 具体的な退陣時期について、菅首相自身は明言しなかったが、代議士会では鳩山由紀夫前首相が「さきほど菅首相と会談した。2次補正予算にめどをつけた段階で身を捨ててもらいたいと伝え、首相と私の2人で合意した」と述べて、2次補正予算の成立と引き換えに退陣するとの考えを表明した。

 鳩山氏は1日は不信任案に対して賛成する意向を示していたが、この日の代議士会では、「不信任案への対応については、一致団結して行動してほしい」と述べて、不信任案を否決するよう呼びかけた。

 不信任案をめぐっては、同日午前に、菅首相は国民新党の亀井静香代表とも会談。亀井氏は「断腸の思いだが退陣してほしい。東日本大震災、東京電力福島第1原発事故対応が済んだら辞任してほしい」と退陣表明を求めたいた。

 不信任案については、野党以外から82人以上の同調者が出れば可決する状況で、民主党の小沢一郎元代表らが意向を表明するなど、大量造反で党分裂の危険性が高まっていた。

 民主党執行部は2日午前に、造反組に対し「首相は党代議士会で、期限を区切って辞めると表明する」と伝え、造反を思いとどまるよう説得を続けていた。

菅首相退陣は6月中、との認識?…鳩山前首相読売新聞 6月2日(木)16時54分配信

 鳩山前首相は内閣不信任決議案否決後、国会内で「2次補正予算に関しては、6月いっぱいくらいに中身が決まる。すなわちメドが立つというような状況が出てくるのではないか」と述べ、菅首相の退陣時期は6月中の見方を示した。 最終更新:6月2日(木)16時54分

<菅首相>退陣の意向表明 「震災対応、一定のめど後」
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<菅首相>退陣の意向表明 「震災対応、一定のめど後」

<菅首相>退陣の意向表明 「震災対応、一定のめど後」
毎日新聞 6月2日(木)12時38分配信

 菅直人首相は2日昼の民主党代議士会で、東日本大震災東京電力福島第1原発事故の対応にめどをつけた段階で退陣する意向を表明した。

自民党など野党3党の提出した内閣不信任決議案が同日午後の衆院本会議で採決されるのを前に、退陣に言及することで民主党内の造反を抑えるのが狙い。菅首相は代議士会で「一致団結しての否決」を求め、不信任案に賛成することを表明していた鳩山由紀夫前首相も反対に転じ、不信任案は否決される見通しとなった。

 首相は国会内で開いた代議士会で「大震災に取り組むことが一定のめどがついた段階で、若い世代の皆さんにいろいろな責任を引き継いでいきたい」と述べ、退陣の意向を表明した。

今国会を大幅に延長し、本格的な復興経費を盛り込む第2次補正予算案が成立する今夏以降の退陣が念頭にあるとみられる。

 首相はまた、(1)復旧・復興に向け最大限の努力をする(2)民主党を決して壊さない(3)民主党中心の政権を自民党に戻さない−−の3点を約束し、不信任案否決への結束を求めた。代議士会では首相の表明を歓迎する意見が相次ぎ、不信任案否決方針が拍手で了承された。党内からの造反は可決に届かないことが確実になった。

 菅首相は代議士会に先立って国民新党の亀井静香代表、鳩山氏と首相官邸で相次いで会談し、震災対応が一段落した後に辞任する意向を伝えた。鳩山氏は代議士会で「菅首相は重大な決意を申されたと理解する。ぜひ一致して行動できるように私の方からもお願いしたい」と不信任案の否決を呼びかけた。ただ、鳩山氏は「補正の成立というよりも、めどをつけていただきたい」とも述べ、2次補正成立前の早期退陣を求める考えも表明した。

 一方、小沢グループは2日午前、都内のホテルで会合を開いた。執行部側の切り崩しを防ぐためとみられ、2月に民主党会派離脱を表明した16人のグループら新人衆院議員を中心に約50人が集まった。若手議員の一人は「今すぐ辞めないとダメだ」と首相の即時退陣を要求。松木謙公前農水政務官は「賛成する」と明言し、会派離脱を表明した16人は「そろって賛成する」としており、小沢一郎元代表を含め小沢グループから何人の造反が出るかが焦点。

 これに対し、執行部側は党内の締め付けを強めた。安住淳国対委員長は2日午前、国会内で記者団に造反者への対応について「不信任案に賛成すれば、誰でも何人でも除名(除籍)する。(本会議終了後)今日、役員会、常任幹事会を開いて一気に決める」と強調。一方で「賛成票を投じる重さは欠席とは違う」と欠席については差を付ける考えも表明した。岡田克也幹事長も代議士会で「厳正に対処する」と強調した。

 衆院の定数は480。採決に加わらない横路孝弘議長や欠員1に加え、棄権する共産党9議席や社民党6議席を除いた過半数は232議席になる。衆院本会議は2日午後1時半に開会予定。自民党が不信任案の趣旨説明後、各党が賛成、反対の討論を行う。採決は記名投票で行われ、開会から約1時間半で結果が判明する見通しだ。【須藤孝】

 ◇具体的時期、あいまい

 菅直人首相は2日、民主党代議士会で東日本大震災の対応に「一定のめどがついた段階」で退陣する意向を表明したが、退陣の具体的時期は、はっきりしない。鳩山由紀夫前首相は代議士会で「11年度2次補正予算にめどをつけてほしい」と発言し、2次補正予算案を編成した段階で早期退陣するよう求めた。「一定のめど」が「編成」か「成立」を指すのか、不信任案採決という決戦を前にしたぎりぎりの合意は同床異夢の面も残した。

 首相の退陣表明は、民主党内の大量造反が確実な情勢となったことが背景にある。何の手も打たなければ、午後から開かれる衆院本会議で内閣不信任決議案が可決される可能性が否定できず、否決することができても党分裂は必至の情勢となっていた。首相周辺は、「不信任案が可決されれば解散に踏み切る」とのメッセージを発していたが、地方選も実施できなかった被災地の状況も考慮しなければならない。

 いずれにせよ可決されればさらなる政治の混乱は避けられず、東日本大震災の対応や原発事故対応も混乱することは確実で、首相としてはなんとしても可決は避けなければならなかった。

 首相は代議士会でのあいさつで「民主党を壊さない」と強調した。代議士会の開会直前まで続いた鳩山氏との会談でも、結党時の党首として民主党に強い思い入れのある鳩山氏に対して同様の認識を強調したとみられる。対決姿勢を強める小沢一郎元代表ではなく、鳩山氏に対して「一定の区切りをつけた後」の退陣を表明して、合意にこぎつけることで不信任案否決の方向をなんとかつけようとした。【須藤孝】


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2011年04月11日

統一地方選 「何かあったんですか?」石原節早くも全開

統一地方選 「何かあったんですか?」石原節早くも全開毎日新聞 4月10日(日)23時41分配信

集まった大勢の支持者を前にして、あいさつする石原慎太郎

 東日本大震災福島第1原発事故で国民に不安感が広がる中、都民は変革よりも強いリーダーシップによる安定を選択した。

10日投開票された東京都知事選は、石原慎太郎氏(78)が圧倒的な支持を集めた。「このままでは日本は沈む」との危機感を理由に出馬を表明して1カ月。選挙運動より震災対策を優先し、防災服姿で奔走してきた。今回のキャッチフレーズは「東京から日本を救う」。息の長い被災地支援と巨大都市の安全を守るという重い使命が課せられる。

 石原氏は、港区南青山の選挙事務所に午後8時40分過ぎ、震災発生以来着続けている防災服姿で登場した。割れんばかりの拍手で出迎えられると、顔を紅潮させ、頭を下げて応じた。開口一番、「何かあったんですか?」と冗談を飛ばす余裕も見せた。

 震災の犠牲者を悼んで半旗にした日の丸の横で、あいさつを始めた。まずは、投票が締め切られた直後に「当選確実」と報じられたことに「よくないと思うね」と報道への注文から。4期目の抱負を「(これまでと)同じことをやるしかない。プラスアルファで災害対策。東京が止まったら日本が止まる」と語り、「まさに国難。しっかり立ち上がろう。肩を組み直してみんなでやろう」と呼びかけた。

 さらには「ほとんど無駄に近い電力消費を抑制しなければ。パチンコやる人も我慢なさい。自動販売機なんてなくても生きていけるじゃない」と語気を強めた。

 一方で原子力発電は「今度の事故で全部否定したらどうなるか。冷静な判断をしないと国の経済は持たない」と現状では原発は必要との考えを改めて示した。

 選挙運動をほとんどしなかった。公務で被災地や避難所などを飛び回り、政府にも注文を付けに積極的に足を運んだ。最終日だけした街頭演説では、公約より「国難」を強調し続けた。

 震災直後の「天罰」発言で、反発を受けた一幕もあった。翌日の記者会見で撤回し、大きな痛手とならなかった。【真野森作、井上俊樹】

 ◇「旋風」再現ならず 東国原氏

 東国原英夫氏(53)は、タレントとしての知名度と前宮崎県知事としての実績を武器に「困難な今こそ、若い力と感性で日本を引っ張る」と都政の若返りを唱えたが、4年前に宮崎に吹いた「東旋風」の再現はならなかった。

 午後8時半、新宿区の選挙事務所に到着した。白いワイシャツとピンクのネクタイの上に白いウインドブレーカー、灰色のランニングシューズ姿。さばさばとした表情で、「私の力量不足で思いが十分伝えられなかった。みなさまには申し訳なく思います」と言い、支持者に頭を下げた。

 記者団に対し、「震災で選挙をやっている場合じゃないという声もあった。通常の選挙はやりづらいと思っていた。選挙の報道が少なく、都知事選があることを知らない人も多かった」と振り返った。今後については、白紙を強調したが、「社会貢献など何らかの形で政治・行政にかかわっていきたい」と話した。【奥山智己、鈴木一生】

 ◇「都民、現状維持に向かった」 渡辺氏 

 ワタミ創業者の渡辺美樹氏(51)は、石原氏当確のニュースがテレビで流れた直後の午後8時すぎ、中央区日本橋の事務所であいさつ。約50人の支持者やスタッフを前に「震災があり、都民の意識が変化よりも現状維持に向かった」と敗戦の弁を語った。

 居酒屋のチェーン展開や介護事業で手腕を発揮。選挙戦では「私の経営力を(都政に)使って」と訴えた。終盤は、原子力発電を容認する石原氏を批判し反原発も訴えたが、支持は広がらなかった。渡辺氏は「今知事を代えたら混乱が広がるという不安を聞いた」と話す一方で、「現状に問題を感じている人は私にアプローチしてくれた」と語り、悔しさをにじませた。今後については「白紙」と語った。【前谷宏】

 ◇「私の力不足」 小池氏

 前参院議員の小池晃氏(50)=共産推薦=は午後8時40分ごろ、新宿区歌舞伎町の選挙事務所に姿を現した。支援者らに拍手で迎えられ、「こういう結果になったのは私の力不足」と唇をかんだ。小池氏は「石原都政からの転換」を訴えた選挙戦を振り返り、「テレビ討論も行われない異常な選挙戦だったが、石原都政の問題点を徹底的に示すことができた。今後あらゆる分野での戦いに生きてくる」と語った。【野口由紀】

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